Sunday, March 27, 2011

岩手の人々



地震以降、新聞を読むのが日課になりました。

朝日新聞に伝統や信仰が被災者を支えている、という記事の中に載っていた
被災者の方の言葉を幾つか載せさせて頂きます。

岩手県陸前高田市の大石地区で伝統行事の虎舞を披露された斉藤実さん
 「避難所にいても気分が落ち込むだけだもの。おらほの守り神をがれきの下で眠らせるわけにはいかないっぺよ」
 震災から3日後公民館や山車の修繕に取りかかった大工の金野光晃さん
「ここ10年で祭りがまたやれるとは思ってねえ。でも、ちょっこりちょっこりやってれば、孫やひ孫の代では復活するべ。そのときのために残しておくっぺよ」
岩手県大船渡市三陸町の杉下地区に樹齢1500〜7千年といわれる
「三陸大王杉」があります。
地震のあった翌朝、津波で実家を失った佐藤クニ子さん
「杉から線を引いたように後ろには津波の被害がねかった。
まるで町を守っているみたいだべ」
佐藤道夫さん(66)は作業の合間、大王杉を訪ねる。「震災があっても、この杉の葉はみずみずしい。おれらも何度でも立ち上がるしかねえべ」
大王杉が森のように集落を覆う姿から「杉下」という地名が生まれ、漁師は灯台代わりにし、海上安全を願った。腐食が進んだ1990年代には住民の寄付や旧三陸町などが2千万円近くを出資し、蘇生させた。「大王杉を守る会」の山田林さん(73)は「あの杉はこんな津波を何回耐えてきたもんだかね。変わり果てた町を、ずっと変わらぬ存在が見守ってくれる。それが住民の心の支えになる」と話す。
全文は↓からご覧になれます。
今朝カナダに住む友人からのメールが届きました。
 It is so strange to watch the reactions of the people. They are not crying and screaming and yelling and robbing stores. For some reason they seem so calm and practical and is immediately looking for solutions to protect everyone. It's very, very admirable. I don't think there are many countries in the world like this and it really says something about the Japanese people and gov. American newspapers have been talking about how they must learn from the Japanese people when there is a disaster.
こんな状況の中泣くわけでも叫ぶわけでも強奪する事もなく、落ち着いて淡々と前に進もうとしている。その姿に驚いている。アメリカの新聞でもどうしたら震災があった時日本人のように対応できるのか話している、
という趣旨のメッセージです。
彼女からのメッセージを読んだ後、上の朝日新聞の記事を読み、いやホントに日本の人達は強いと思いました。

Friday, March 25, 2011

Message




Yahoo Japanで見つけました。
力強くて、笑いがあって、彼らの熱い思いに元気づけられました。
早速レッドクロスにテキストを送りました。他の国にも同じような活動が広がっています。

「東日本大震災の被災者を思って、車のホーンが鳴る度に募金を決意した青年。始めてみるとすぐに金額が膨れ上がり……! また、この映像が視聴された回数分増額するとか。ありがとう! でも無理のない範囲で!(Yahoo Japanより)」






また昨日被爆された作業員の方の続報を読みました。

「2人については、およそ2時間、くるぶしまで水につかった状態で作業をしており、局所的に2000ミリシーベルトから6000ミリシーベルトの強い放射線を受けたと推定されるとしました。
研究所の明石真言緊急被ばく医療研究センター長は「2人は食欲もあり、日常生活は全く不自由ない。3人とも週明けまでには退院できると思う」と話しました。(NHKニュースより抜粋)」
今後やけどと同様の症状が現れ治療の可能性があると書かれていました。
言葉になりません。どうか宜しくお願いします。

私事ですが、昨日夫の先輩の結婚式に参列しました。新郎新婦が未だ到着していない時、教会の入口まで10段ぐらいの階段があるのですが、その階段の上で久しぶりに再開した友人と話をしていました。ふと気づくと階段の下に眠っている3歳ぐらいの男の子を乳母車(すごい古い言葉!でも現在の言葉が出ない!)に載せた女性がいました。ハワイの主な場所は大体スロープが付いているので、ここにもあるもんだと思っていたらその女性一気に子供を乗せたまま車を持ち上げて階段を登られ、急いで助けに行ったものの時遅かりし。反省しました。そんな時一声かければいいことなのに。自分の不甲斐なさをまた発見しました。次回同じような時は足踏みせず咄嗟に行けるようになります。以上、懺悔させて頂きました。



Thursday, March 24, 2011


原発で作業されていた方3名が被爆された事故に関しての記事です。

搬送された30代の男性(線量計の被ばく線量180.07ミリシーベルト)
20代の男性(同179.37ミリシーベルト)
搬送されなかった30代の男性(同173.00ミリシーベルト) 

下記は放射性物資に関しての記事です。
「放射線を出す物質。自然界に存在するラジウムやウラン、原発の核分裂で生成されるセシウムやヨウ素などを指す。放射線を出す能力を放射能という。放射線が人体に与える影響を示す単位がシーベルトで、
1シーベルトの1000分の1が1ミリシーベルト、
その1000分の1がマイクロシーベルト。
人間は自然界から年間約2.4ミリシーベルトの放射線を受けている。全身に一度に大量に浴びた場合、500ミリシーベルトで血中のリンパ球が減少、7000~1万ミリシーベルトで100%死亡するとされる。胃のエックス線集団検診は1回0.6ミリシーベルト。」
時事通信社の記事から抜粋させて頂きました。)

原発に関しての専門知識を持つ方々が懸命に作業されている。ありがとうございます。

下記は被災者の方々の避難先に関する鎌田䔈さんのアイディアをブログから抜粋させて頂きました。
「避難先は、文化圏が違うので戸惑いはあると思うが、中部電力や関西電力のエリアのほうがいい。受け入れ施設は、体育館ではなく、家族単位で一部屋を使えるようなアパートなどを用意できるといい。温泉旅館を3食付でできるだけ安く貸し出すのも方法だ。
それぞれの自治体が希望者を受け入れる受け皿づくりをするときがきているのではないか。
そして、住民が避難している間に、原発をなんとか沈静化させるよう、国の総力を注ぎこむ。」

被災者の方々が温泉旅館を国のお金で安く泊まれるようになれたらどんなにいいだろう、
と勝手に思ったので載せました。

様々な方々が知恵を出し合って日本を前に進ませよとしているのを
色んな記事を読みながら感じます。

祈りが通じますように。



Wednesday, March 23, 2011

繋がる





朝日新聞に載っていた山口洋典さんからのメッセージを一部抜粋させて頂きました。

何ができるだろう?と考える私達へのアドバイスが書かれていました。

「現地での活動でなくとも構わない。犠牲者を追悼する詩を朗読したり、被災前の風景を写した写真展や、東北にちなんだ歌のカラオケ大会を開いたりするのでもいい。今いる場所で被災者につながる何かに少しでも時間を捧げれば、無縁社会や、個人主義の負の部分を埋めることができる。人と人とのつながりが生まれれば、被災地へ思いが伝わっていく。
 復興までは長い年月がかかる。今から1年後、3年後に役立てるようスキルを高めたり、アイデアを深めたりして準備をする方法もある。
 たどるべき道筋を出口から見つけるのも一つの手だ。例えば歌が得意な人は自分が避難所で歌ったらどうなるか想像し、それがどの時点で役立つか考えてみてほしい。復興までの時間のどこに存在すべきかイメージするといい。
 今、私は大阪市の寺院で働いているが、ここでもできることをしたい。まずは募金を集め、犠牲者の供養や、被災地の再生のための祈りを捧げたい。みんなに「亡くなった人の分まで生きていこう」と力を出してもらえるように。」


全文はこちら↓から。


自分にできること、長期でできること、そのために今する事、
異なる幾つかの観点から前に進める知恵が詰まっていました。


鎌田䔈さんのブログにはまた異なる観点からの言葉が載っていたので
抜粋させて頂きました。



みんなが内向きになり、動かなくなったら、この国の経済は止まる。
経済が動かなくなったら、東北の人たちを支えることもできない。

みんなが空気を読んで、顔色をうかがいすぎれば、よどんだ空気にみんな窒息しそうになる。
こんなときは空気をかきまわしたり、空気を入れ替えたりすることが大事だ。
被災しなかった地域は元気を出して、しっかり働き、しっかり遊び、全力で東北の人たちを支えるのがいちばんだと思っている。

全文はこちらから↓読んで下さいね。


http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/70-cdc4.html




下記のサイトはプロペラUSAという会社のブログです。
ハワイでのウェディングをビデオに残して下さる会社です。
先日ハワイに住む日本人を中心に集まり、お祈りを捧げメッセージを描きました。
その模様をプロペラUSAのスタッフの方々が撮影してYou Tubeに載せて下さいました。


何かできることを、と多くの人が思いそして行動している。
自分にできることを。





Saturday, March 19, 2011

元気の源





ハワイに住むチホさんという方のブログを時々読んでいます。
現在ハワイ大学で薬草学のクラスをとられていて、
そのクラスについてのことを時々書いていらっしゃいます。
そのクラスで先日放射能を体から排出する機能のある薬草について2つ教わったそうです。
一つはワカメなどの海草類、もう一つは竹の葉っぱ。

竹の葉っぱに関しては、
竹の葉っぱはきれいに洗ったあと、そのまま沸騰したお湯に入れて、
3分間かきまぜ、自然に冷めるのを待ってから飲む。
一日、何回飲んでもよいそうだ。
とのこと。

それに心温まる話も書かれています。
よかったら ↓ 読んでみて下さいね。



下は最近育てているスナックエンドウです。


柔らかい葉っぱで、葉っぱも美味しそうです。
ぐんぐん伸びていて、見る度に大きくなっています。





言葉をはじめ、音楽、写真、絵、料理、お茶、笑顔、
本当に多くのものから元気を貰っています。

それから植物からも。

雑草も木も葉っぱも花もみんなが励ましてくれている気がします。

原発を必至に支えている方々、避難所で生活されている方々、
被災地でボランティアをされている方々、計画停電のある地域の方々、

日本の人々に励まされています。




Wednesday, March 16, 2011

情報3


ヨウ素剤(ヨード剤)に関しての情報が鎌田䔈さんのブログに追加されていました。
鎌田さんが山下先生(安定ヨウ素剤の取り扱いマニュアルを作られた方)からの話を
書かれています。

詳しい内容は↓を読んで下さいね。


内容を一部抜粋させて頂きました。


現在の福島原発の周辺では、安定ヨウ素を投入する状況には当たらないこと。
40歳以上の人は放射性ヨウ素で甲状腺がんになることはゼロに近いと考えていいこと。
現在の放射線のレベルで、福島県やその周辺の子供達が甲状腺がんになる確率は殆どない
と考えていいとのお話。

私のブログ中でルゴールを1、2滴垂らして飲まれる事も効果があると
紹介しましたこと、訂正させて頂きます。本当にすみません。

念のため16日夕方の記者会見で枝野官房長官が述べられた事も添付します。

「専門家の分析によると、ただちに人体に影響を与えるような数字ではない」
「365日24時間、屋外でこの数値の場所にいた場合に問題が出るかもしれないというレベルだ。ご安心いただければと思う」
「過剰反応が生じており、民間業者を中心に(原発から30キロの)屋内退避地域の外側なのに輸送物資が届かないという報告がある。過剰な反応をすることなく、物流でモノを届けてほしい」と述べ、物流関係者に冷静に対応するよう求めた。(朝日新聞より)
混乱を招くような事を載せてしまいすみませんでした。
被害が広がらない事を祈っています。

Tuesday, March 15, 2011

ハワイの道



鎌田䔈さんは日にブログを何回も更新されています。
その中にヨード剤に関して安易にとり過ぎては行けない事も示唆されていました。
甲状腺機能低下症を起こす可能性があるということです。

もし私のブログを見てヨード剤をとり始めた方がいらしたら、とり過ぎないでください。
ワカメと昆布も大量にとる必要はないとのことです。




下の写真は先日車で家に帰る途中雨の中の緑が綺麗だったので撮ったのですが、
後で見たら道に洗濯機がでーんとありました。

あんなに堂々としているのに運転している時は気づきませんでした。





「帰る途中洗濯したい方は自由に使って下さい」
とは書いてありませんが、
まるでベンチでも置いてあるかのように風景に溶け込んで見えます。

今までもいたし、これからも当然いますよ的に。











Sunday, March 13, 2011

情報2


被害が少しでも防げますように、祈っています。
鎌田䔈さんは1991年にロシアに行かれ、チェルノブイリについて多くの話を聞いていらっしゃる方です。
原発に関しての鎌田さんブログに彼のの所見が詳しく書かれています。
http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/

でも下記に彼のブログの中から幾つかコピーしたものを貼付けました。


チェルノブイリで4000人の甲状腺がんを発生させたのは、当時のソ連が情報公開を行わなかったためである。
その二の舞になってはいけない。

実に微量な放射能であること。
微量だがヨード剤を飲みたい人にはヨード剤を提供すること。
この1週間が、甲状腺がんを防ぐ大事な時期であること。
放出された放射能は、実に微量であるが、体内被曝を防ぐことがとて大事なので、
埃と一緒に放射能を含んだホットパーティクルを吸わないこと。
雨にあたらないこと。


より慎重に、一人でも健康被害を起こさせないためにはどうしたらよいか、大胆に考える必要があると思う。
福島の方たちは、今、わかめや昆布を食することはなかなか難しいかもしれないが、
避難所で風邪予防のためにうがい薬が用意されている可能性は高い。
ルゴールを1・2滴コップにたらして飲むというのも一つの手である。

できるかぎり雨に直接触れないよう、福島~宮城の方々は注意をしてもらいたい。
埃っぽいところへでるときには、できるだけマスクをつける習慣をつけるといいだろう。
核に汚染された埃を吸い込むと体内被曝となる。


そろそろ三日目。精神的につらくなってくるころだ。PTSD(心的外傷後ストレス障害)が起こり始める頃である。
自分の家が流されるのを見てもじっと耐えてきた人たちが、そろそろ危ない。
一度家族全員でつぶれた家を見に行って、みんなで肩を抱き合い、おいおい泣いたらいいかもしれない。
泣くことによって精神的なストレスを外へ追いやることができることがある。
泣きながら、家族でもう一度明るく乗り越えようと誓い合うと、PTSDにならなくてすむこともある。

マスクの内側に湿らせたガーゼをつける事も勧められていました。

本当に沢山の人達が日本の為に祈っていると思います。
被害が少しでも防げますように。

Saturday, March 12, 2011

情報


夜中目が覚めて起きるとインターネットで新聞を読んでいた夫が
福島原発の今の状況を話をしてくれました。

自分でも読んでみる事に。
福島第一原発の状況をインターネット上で調べてみました。

鎌田䔈さんがブログにいってみると、新聞とはまた違う観点から書かれていました。






分からないと不安が増します。
冷静にいい方向に向かいますように。



Wednesday, March 9, 2011

Bee





ブンブンという音がすると思ったらいつの間にかハチが我が家に入り込んでいました。
飛んでるのに、いつもと違う。
なんなんだ、前に行かれん!

と、ハチが思っているかどうかは定かではありませんが、
窓から外が見えるのに外に出られない姿は見ていて辛かったですが、
こんな時しかよく見られないのでじっくり観察。

一緒に見ていた夫がいっぱい蜜を集めたね、と。
どこどこどこ?!
足に黄色い粉のようなものを沢山つけていました。

ハチって足に蜜をつけるのか。フム。

この後コップを被せ、窓とコップの縁に紙を挟んで無事外へ。


ハチは人を刺したら死んでしまうというのはドラマ「フレンズ」でジョーイが言っていて、ホントに?と半信半疑だったのですが、いい機会なので調べてみると、
先ずは巣を攻撃された時のみハチは人に対して攻撃をしかけ、
人を刺した針は内蔵も一緒に引き千切って(この時点で内蔵は破壊されてしまうそうです)刺した皮膚に残り、殆どのハチが死んでしまうそうです。
そして怖い事にそこから揮発性の物資が出て他の仲間にも攻撃するよう伝えるそうです。
巣を守る為には死を覚悟なんですね。

生物は様々ですね。
ハチがちょっと身近に感じます。
知るっていいことですね。




Tuesday, March 8, 2011

日常のこと





今、この本を読んでいます。
三谷幸喜さんのエッセイ集です。

三谷幸喜さんが監督をされた
「ラヂオの時間」、「THE 有頂天ホテル」、
も大爆笑でした。

特に「THE有頂天ホテル」の中で涙(笑いの方)が止まらなかった場面が、
ちょっとした好奇心から顔を白塗りしてしまったホテルの支配人役の伊東四朗さんが、
その白塗りを落とそうにも落とせず白塗りのままホテル内を隠れ回るシーン。
今思い出しても、くっくっくと笑いがこぼれます。


そしてこのエッセイ集も笑えます。
すごく冷静に自分の考えている事や日常を見られていて、
毎日丁寧に生きる、ってこんな風に自分の日常を客観的に見ることをいうんかな?

と、そんな理屈はさておき、この本はただ面白いだけでなく、
気づかなかったけどこういう考えで自分はこういう行動してたんだ、とか
そういう考えに至るにはそんな心理が作用していたのか、とか、

三谷さんの話の中から自分の隠れた部分を発見しました。

恐れながら、何度「はい、私も!」と本に叫びたかった事か。


三谷さん!ありがとうございます。









Sunday, March 6, 2011

先人が残したもの





やっと重い腰を上げました、ふぃ〜。

ぬかどこです!

お新香が大好きな夫と私。
義母から何度も分けてもらったぬかどこをいままで何度もダメにしてきた私。
おかあさん、ごめんなさい。
もう貰えない、と心に決め自分で作る事に。
そしてそれも少なくとも2回は失敗に終わっています。
本気なんか!?と自分で自分に突っ込みたくなります。

今度こそ我が家自慢のぬかどこを作ろうと、今のところぬかりないです、プッ。
今回、こちらの方のサイト↓で学びました。感謝。
http://lemontree.fool.jp/recipe/nukadoko.html

そろそろ屑野菜を入れる段階にきました。


しかし思えばお米の糠を使ってぬかどこなるものを作り、
野菜を漬けておかずの一品にと考え行動した方にも感謝です。

そう考え始めると、味噌をつくった人醤油をあみだした人、
そして以前からいたく感じ入っていたのは、
かんぴょうを作った人。

創意工夫大賞、いや国民栄誉賞を私はあげたい。







Saturday, March 5, 2011

もんもん





久しぶりの暖炉。

最近雨が多く、夜は肌寒くて何枚も重ね着をしていました。

そこで仕事が猛烈にある夫に代わり、初めて火をおこしました。
横にどしっと置いた丸太を燃やすのが今回の目標。
大家さんや夫がしていたようにやったつもりが、
なかなか思うように火が木に移ってくれません。

いやぁ〜難しくて面白い。
時間をかけて小さい木から段々大きな木に、たまに空気を入れてあげる為に木を動かし、
途中何度か細い枝を足して丸太を十分に乾燥させやっと目標の木に火が移った時は、
温かい達成感。

昨日から自分を生かす、という事について考えています。
どうしても他の人の生き方をみてしまう自分を発見して、がっくり。
うんや、むや、ぶんぶんぶん、とその思いを払いながら、
また悶々と、果たしてこのトンネルいつ抜けられるのか?

生き方がアートだと、以前聞いた言葉を思い出しました。

何かのヒントになるのか?

結局私はどんな自分になりたいのかが決まってないんだな。
全く何やってんだか、今まで。

いやまてちょっとある。
どんな自分になりたいかと言えば、ちょっとやそっとじゃ驚かない山のような人になりたい。
と、かなりビビリの私が思うのは単なる願望ということか。

いつか水道のない家で暮らせる人間になりたい。

これか?










Friday, March 4, 2011

自分を大切にするとは?









先日ブックオフに行きました。
大量に買ってきました。

最近ちらりと思うのですが、今の自分に必要な本がコイコイと呼んでいる気がします。

というのは冗談ですが、今回買った本のうち一番に読んだのが、

乙武洋匡さんが書かれた「五体不満足」です。
いつかは読みたいと思っていたのですが、今まで手が出ずにいました。

乙武さんが生まれてから大学生の時までの話が書かれています。

沢山あった心に響く話の中の一つは、次の話です。
大学生だった乙武さんはある眠れない夜これからの生き方を考えたそうです。
そしてその問いは、

「どのような人間になりたいのか。」
「何を最も大切にしていくのか。」

という問いに繋がったそうです。そして自分にとって大切なものを考えていくうちに、
他人や社会のためにどれだけのことができるのか。
周りの人にどれだけやさしく生きられるのか。
どれだけ多くの人と分かり合えるのか。
ただどれを目指すにしてもその大前提として、
自分を最も大切にしながら、という事にいきつき、
ではその大切にすべき自分とは、と考えた時、
はじめて自分が障害者であることを意識されたそうです。
それまで自分が障害者であると自覚する必要も、機会もなかったのだ。
とも書かれていました。
(確かに乙武さんの本を読んでいると、時々健常者の方の出来事を読んでいるように思うことがありました。)

そしてどうしてボクは障害を持って生まれてきたのだろう。
そこには、きっと何か意味があるのではないだろうか。

と、そのように考えられた後、
「何をやっているんだ、自分は。」
もし、そのような役目を担って生まれてきたのであれば、
ボクはとても、勿体ない生き方をしていることになる。
折角与えられた障害を生かしきれていない。
言ってみれば「宝の持ちぐされ」なのだ。
障害を持っているボク、乙武洋匡ができることは何だろうか。

この本を読んで私が感じたことは、生きていく上で大切なことは、
相手が周りがどう考えているかではなく、
自分は何をしたいのか、それをやる為には何をすべきなのか、
そのことが自然に乙武さんの心の中に揺るぎないものとしてあったように思います。

それからもう一つ、

自分を大切にする=自分を生かす

ということを遅まきながら初めて知りました。
今まで自分を大切にする、ということの意味を全く分かっていませんでした。


乙武さん、ありがとうごいざます。